2025年3月25日

労働契約の成立について、労働契約法第6条で「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」と規定されています。
労働契約は労働者と使用者の合意によって成立するため、お互いの合意があれば口頭でも成立します。
しかし、それだけでは「言った」「言ってない」「聞いてない」とトラブルになる可能性が高いため、労働基準法第15条で「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間、その他の労働条件を明示しなければならない。」と規定しています。また、労働者は明示された労働条件が事実と異なる場合には即時に契約を解除できることになっており、労働者が就業のために住居を変更し、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合は会社は旅費を負担しなければなりません。これらに違反した場合、罰則があります。
会社が労働条件を明確にすることで、従業員は安心して働くことができます。また、労働基準監督署の臨検の際にも確認される事項なので、新規採用者だけでなく有期雇用契約の更新の際にも、書類の交付漏れがないよう注意する必要があります。
この記事では労働条件通知書に記載すべきことや交付するタイミングについて解説します。
労働条件の明示は、雇用形態に関係なく行わなければなりません。
労働契約の締結時に明示しなければいけないものには、必ず明示しなければいけない絶対的明示事項と、定めがある場合に明示しなければいけない相対的明示事項があります。
絶対的明示事項のうち、昇給に関すること以外は書面等の交付により明示しなければなりません。
労働条件通知書と雇用契約書を併せた形で交付することも可能です。また、書面での明示の様式には特に決まりがないため、当該労働者に適用する部分を明確にして就業規則を交付しても差し支えないとされています。
無期雇用・有期雇用のどちらの場合も記載しなければいけません。
無期雇用の場合は「期間の定めなし」、有期雇用の場合は「期間の定めあり」と記載します。
有期雇用の場合は契約更新の有無についても記載する必要があります。
期間の定めがある労働契約で、契約期間の満了後に労働契約を更新する場合がある場合には、その基準を記載します。
通算契約期間又は更新回数に上限の定めがある場合には、その上限についても記載しなければなりません。
就業の場所と従事すべき業務に関する事項には、変更の範囲も含まれます。
就業場所や業務内容の変更の可能性がある場合は明示する必要があります。
就業規則の絶対的必要記載事項と重なるため、就業規則を確認しながら記載します。所定労働時間を超える労働の有無以外の事項に関しては、休日等の考え方を示した上で就業規則の関係条項を記載することで足りるとされています。
シフト制で勤務する労働者の始業及び終業の時刻に関する事項については、労働契約の締結時点で、既に始業と終業の時刻が確定している日については、労働条件通知書等に単に「シフトによる」と記載するだけでは不足であり、労働日ごとの始業・終業時刻を明記するか、原則的な始業・終業時刻を記載した上で、労働契約の締結と同時に定める一定期間分のシフト表を併せて労働者に交付する必要がある(「シフト制」労働者の雇用管理を適切に行うための留意事項)とされています。
賃金に関する事項も就業規則の絶対的必要記載事項ですが、基本給等について具体的な額を明記します。
就業規則に規定されている賃金等級などによって賃金額が確定できる場合は、等級等を明確にすることでも足りるとされています。
定年制の有無や継続雇用制度の有無、退職に関する手続きについて記載します。
退職に関する事項はトラブルになりやすい項目でもあるため、採用時に明示することが大切です。
相対的明示事項には以下のものがあります。定めがある場合には明示する必要があります。ほとんどが就業規則の相対的必要記載事項と同じです。
●退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、
計算方法及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
●臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与その他これに準ずるもの並びに最低賃金に関する事項
●労働者に負担させるべき食費、作業用品等に関する事項
●安全及び衛生に関する事項
●職業訓練に関する事項
●災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
●表彰及び制裁に関する事項
●休職に関する事項
有期労働契約の場合は、当該労働者に無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに、以下の事項についても明示義務が発生します。
●無期転換を申し込むことができる旨の明示
●無期転換後の労働条件の明示
パートタイム労働者に対しては、労働基準法で定められている明示事項に加えて以下の事項も書面で明示する必要があります。
●昇給の有無
●退職手当の有無
●賞与の有無
●相談窓口
就業規則の記載事項には、労働基準法上必ず定めなければならない「必要的記載事項」と、使用者が自由に定めることのできる「任意的記載事項」があります。「必要的記載事項」には労働条件通知書と同様に、必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、定めがある場合には記載しなければならない「相対的必要記載事項」があります。
労働条件通知書と重なる部分も多いため、表で比較します。重なる部分は労働条件通知書に全て記載せずとも、「就業規則第〇条の定めによる」と記載し、就業規則を交付することで省略可能です。
| 労働条件通知書の明示事項 | 就業規則の必要的記載事項 |
| 労働契約の期間に関する事項 | |
| 有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項 | |
| 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項 | |
| 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項 | 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇、並びに労働者を2組以上に分けて交替に就業させる場合の就業時転換に関する事項(「休暇」には、育児・介護休業法による育児休業及び介護休業、任意に与えることとしている慶弔休暇、夏季休暇等も含まれる) |
| 賃金(退職手当等を除く)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期並びに昇給に関する事項 | 賃金(臨時の賃金等を除く)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払いの時期並びに昇給に関する事項 |
| 退職に関する事項 | 退職に関する事項 |
| 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項 | 退職手当の適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払いの方法ならびに退職手当の支払いの時期に関する事項 |
| 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く)、賞与その他これに準ずるもの並びに最低賃金に関する事項 | 臨時の賃金等(退職手当を除く)および最低賃金に関する事項 |
| 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項 | 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる場合はこれに関する事項 |
| 安全及び衛生に関する事項 | 安全衛生に関する事項 |
| 職業訓練に関する事項 | 職業訓練に関する事項 |
| 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項 | 災害補償および業務外の疾病扶助に関する事項 |
| 表彰及び制裁に関する事項 | 表彰および制裁の種類及び程度に関する事項 |
| 休職に関する事項 | |
| 当該事業場の労働者のすべてに適用される事項 |
労働条件の明示について、労働基準法では「労働契約の締結に際し」とされていますが、従業員に採用の内定を出した時点で労働条件通知書を交付するのがトラブル防止のためにも重要です。裁判例上は、内定通知を出した時点で労働契約の締結と評価されるケースも多くあります。
労働条件通知書の交付についての不適切な事例としては、以下のものが挙げられます。
●労働条件通知書を入社1か月後に渡す
●試用期間が終了していないからと言って、労働条件通知書を交付しない
●労働契約の更新の際に労働条件通知書を交付しない
●求人票と同じ内容である旨を伝えるのみで、労働条件通知書を交付しない
●作成した労働条件通知書に目を通してもらい、労働者から署名もしてもらったが、「大事なものなので会社で保管する」 と伝え、書面を交付しない
●辞令交付のみで、労働条件を記載した書面などを交付しない
労働条件の明示の方法については書面の交付が原則ですが、労働者が希望すればFAXやメールでの明示も可能となっています。メールなどを利用する場合は印刷や保存がしやすいように添付ファイルで送ることが望ましいとされています。
令和2024年4月から労働条件明示のルールが改正され、無期転換ルール及び労働契約関係の明確化が必要になっています。具体的には以下の事項が追加されています。2024年4月以前からの労働契約の更新を行う場合には注意が必要です。
●就業場所・業務の変更の範囲【全ての労働契約の締結時・有期労働契約の更新時】
●更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容【有期労働契約の締結時・更新時】
併せて、最初の労働契約の締結より後に更新上限を新設・短縮する場合は、その理由を労働者にあらかじめ説明することが必要。
●無期転換申込機会・無期転換後の労働条件【無期転換ルールに基づく無期転換申込権が発生する契約の更新時】
併せて、無期転換後の労働条件を決定するに当たって、就業の実態に応じて、正社員等とのバランスを考慮した事項について、有期契約労働者に説明するように努めなければならない。
Q1 入社時に雇用契約書を作成しているため、労働条件通知書は従業員に渡していません。何か問題はありますか?
雇用契約は口頭でも成立します。トラブルを防ぐために契約書を作成することは有効ですが、明示しなければいけないとされている労働条件を記載していない場合、労働条件の明示義務違反となる可能性があります。雇用契約書を見直し、絶対的明示事項が全て記載されているかを確認する必要があります。
Q2 アルバイトの従業員には労働条件通知書を交付していません。何か問題はありますか?
雇用形態に関わらず労働条件の明示は事業主の義務です。アルバイトやパート従業員にも労働条件通知書を交付する必要があります。有期労働契約の場合やパートタイム労働者の場合、無期雇用の従業員と記載すべき内容が異なるため注意が必要です。労働条件明示義務違反については30万円以下の罰金が科されます。
Q3 雇用契約書と労働条件通知書を併せた形で作成していますが、雇用契約書の内容が会社の就業規則と異なる内容になっていました。この場合は、どちらが優先されますか?
就業規則と個別の労働契約では、労働者に有利な部分は個別の労働契約が優先されます。
例えば、アルバイトの就業規則に「入社時の時給は一律1000円とする」という記載があり、雇用契約書には時給1100円と記載されている場合は、1100円が優先されます。
個別の労働契約より就業規則の内容のほうが有利な内容となっている場合は、就業規則が優先されます。
労働条件の明示義務について解説しました。雇用契約を締結・更新する際には労働条件の明示が必要です。
労働基準監督署の臨検の際にも必ず確認される事項なので、新規採用者の書類を準備するタイミングで
昨年度中に雇用契約を更新した従業員の書類についても確認しておくと安心です。
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