労働契約はいつ成立する?

更新日アイコン2025年7月8日

労働契約成立のタイミング

契約は、当事者同士の「合意」によって成立する—これは民法の基本的な考え方です。特別な法律の定めがない限り、契約書などの形式は必要ありません。労働契約も例外ではなく、労働者と使用者の間で合意があれば、書面がなくても有効に成立します。
では、その「合意」はいつ成立したとみなされるのでしょうか?採用面接のとき?採用通知を送付したとき?それとも、実際に働き始めたとき?今回は、労働契約における「合意の成立時期」について解説します。

契約に関する法律

契約の成立に関する民法の規定

民法522条では、契約の成立について以下のように規定しています。

  1. 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下『申込み』という)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
  2. 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

この条文は、契約が「申込み」と「承諾」によって成立すること、原則として契約書などの書類を必要としないことを明示しています。つまり、当事者間の合意があれば、口頭による約束でも契約は成立することが目法律上明確にされています。

労働契約に関する特別法の規定

民法の特別法である労働契約法第6条では、労働契約の成立について次のように規定されています。

  • 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

この規定も、契約の成立には当事者間の合意が必要であることを示しており、書面による契約書がなくても、労働契約は成立することを意味しています。

労働基準法による規定

労働契約も基本的には当事者の合意によって成立しますが、労働者と使用者の間には力の差があるため、単なる諾成契約では、労働者の保護が不十分になる恐れがあります。そのため、労働基準法第15条では、使用者に対して労働条件の明示義務が課されています。

  • 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

この規程により、労働契約の締結時には、書面などによる明示が原則とされており、労働者の権利保護が図られています。

労働条件を明示しないと契約は成立しない?

労働条件の明示は、契約の成立要件ではないため、契約締結時に労働条件が明示されなかったとしても、労働基準法違反には該当しますが、契約自体が無効になるわけではありません。このような場合、明示されていない労働条件については、就業規則などを基準として判断されることになります。

労働契約成立のタイミング

ここまで、契約に関する法律を見てきましたが、どの段階で労働契約は成立するのでしょう。一般的な選考フローをもとに見ていきます。

選考フロー 意味合い 備考・契約の成立
1.企業が求人を出す    
2.応募者が応募する 労働契約の申し込み  
3.書類や面接による選考    
4.企業が採用を決定する
(採用通知書の送付)
採用の意思を伝える 応募者の入社の意思を改めて確認するのが一般的で、入社の意思確認ができた段階で「内定」が決まる。
5.企業が内定を出す
(内定通知書の送付)
内定を知らせる 始期付解約権留保付労働契約の成立
6.働き始める(試用期間)   解約権留保付労働契約の成立

労働契約を締結する際に必ず必要となる書類は「労働条件通知書」のみです。採用通知書や内定通知書、雇用契約書については、企業ごとに運用が異なります。

労働契約においては、書類の名称よりも、契約が成立したと認められる時点の実態が重要です。たとえば、採用通知書の交付後に応募者が入社の意思を示し、企業がそれを承諾した場合、その時点で「始期付解約権留保付労働契約」が成立したと判断される可能性があります。

実際に、最高裁判例(昭和54年7月20日判決)では、大学卒業予定者が企業の採用内定通知を受け、誓約書を提出した上で企業とのやり取りを継続していた事例において、労働契約の申込みと承諾が成立していると認定されました。この判例では、契約の成立時期は「採用内定通知と誓約書の提出があった時点」とされており、契約の効力は就労開始日から発生するものの、契約自体はその前に成立していると判断されています。

したがって、契約の有効性を判断する際には、契約書の有無や書類の名称ではなく、当事者間の意思表示の内容とその時期が重要となります。

 

こんなときどうする?

Q1 採用面接中に、口頭で内定の旨を伝えた場合でも、労働契約が成立するのでしょうか?

面接官が採用の正式権限を持っていたか、業務内容の種類や内容、賃金について両者の合意が成立していたか、によって契約の成立が判断されます。

例えば、代表取締役が就職を勧誘し、雇用条件を詰めるための会合を実施したうえで、具体的な年俸額や勤務開始日について合意に至ったにも関わらず、役員会での了承が得られず採用に至らなかった場合、「始期付解約権留保付労働契約」が成立していたと判断された判例があります。

Q2 入社当日から会社都合で休業させなければならない事情ができました。休業手当の支払いは必要ですか?

入社当日から会社都合で休業させる場合、雇用契約はすでに成立しているため、事業主は休業手当を支払う義務があります。また、社会保険についても、入社初日から休業したとしても通常通りに加入することになります。

Q3 面接などの一般的な採用フローを経ずに働いてもらう、スポットワーカーの場合は、どのタイミングで労働契約が成立するのでしょうか?また、スポットワーカーを休業させる場合も休業手当は必要なのでしょうか?

先着順で就労が決定するような求人では、別途特段の合意がなければ、事業主が掲載した求人にスポットワーカーが応募した時点で労使双方の合意があったものとして、労働契約が成立すると考えられます。この場合、事業主とスポットワーカーの間では有期雇用契約が成立するため、やむを得ない事由がある場合を除いて契約成立後に解約することはできません。

また、スポットワーカーを休業させたり早上がりさせる場合には、通常の労働者と同じように休業手当の支払いが必要となります。休業手当を支払う場合でも、事業主自身の故意、過失等によって休業させる場合は、民法536条第2項の規定により、賃金を全額支払う必要があります。

スポットワークにおける留意事項については、厚生労働省作成のリーフレットもあわせてご確認ください。

Q4 内定承諾後の辞退について、違約金を定めることは可能なのでしょうか?

内定辞退は、労働契約の解約権の行使に該当します。民法627条1項で、労働者は原則14日以上前に告知すれば労働契約を解除できることが規定されています。原則として、解約の理由は問われません。

内定承諾によって「始期付解約権留保付労働契約」が成立している場合には、労働基準法の適用を受けます。したがって、違約金の定めをすることは、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に違反し、無効となります。

ただし、内定辞退のタイミングや理由によっては、企業側が損害賠償を請求できる可能性もゼロではありませんが、実際に損害賠償が認められるケースは非常に限られています。


普段、当たり前のように雇用契約書を交付している企業では、契約書の取り交わしが労働契約の成立と同義であると認識されがちです。
しかし、実際には契約書の交付前に口頭やメールなどで労働条件に合意している場合、
その時点で労働契約が成立している可能性があります。

このような認識のズレは、後々のトラブルにつながることもあるため、企業側は契約成立のタイミングを正しく理解し、
労働条件の提示や合意のプロセスを慎重に管理する必要があります。
特に、採用内定後に条件変更がある場合などは、事前に明確な説明と同意を得ることが重要です。

雇用契約の締結に関して悩みの際には労働法の専門家である社労士にご相談ください。

 


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