不利益変更の要件

更新日アイコン2026年 02月10日 

不利益変更 定年延長 定年制廃止 定年

令和3年の高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの定年引上げや定年制の廃止などが事業主の努力義務になりました。
これにより人事制度の改定を検討している企業もあるのではないでしょうか。
従業員によっては定年引上げや廃止を「より長期間働かなくてはならず、不利益変更ではないか?」と感じるようです。
今回は不利益変更の原則に加え、定年延長や定年制の廃止は不利益変更か?について解説します。

不利益変更とは

不利益変更とは、会社が就業規則や個別の労働契約の内容を見直す中で、労働者にとって不利になる方向に労働条件を変更することを指します。
例えば、月給は据え置き、所定労働時間を「週5日・1日7.5時間」から「週5日・1日8時間」に延長する場合には、不利益変更と言えます。このような不利益変更は、労働者の生活や働き方に直接影響を及ぼすため、慎重な対応が求められます。
なお、労働条件を変更する方法には、主に3つのパターンがあります。

  • 従業員との個別合意による変更
    労働契約は、労使双方の合意によって成立します。そのため、両者の合意があれば契約の内容を変更することも可能です。ただし、就業規則が定める労働条件よりも不利となる内容の場合には、その部分については無効となるため、注意が必要です。
    従業員との個別合意による不利益変更で、よく紛争となるのが「合意の有効性」です。
    下記すべてを満たしていない同意の場合は、裁判で無効と判断される可能性があります。

    • 合意そのものが、自由な意思に基づいたものか
      例えば、従業員が「同意しないと解雇となるのではないか?」と誤信し変更に応じた場合は、自由な意思に基づいた同意とはいえません。

    • 十分な情報提供を行ったうえでの合意か
      不利益の内容や程度、範囲などの説明がされていないなどの場合には、従業員が十分な検討ができる状況ではなかったとして無効となる場合があります。

    • 明確な合意であったか
      説明を行い、異議がなかっただけでは合意したとは言えません。同意書等の書面を残しておくと安心です。
      ただし、同意書があっても上記2点を満たしていない場合には、無効となる可能性があることには注意が必要です。

  • 就業規則の改定による不利益変更
    労働契約法第9条では労働者の合意がない限り、就業規則の変更によって労働条件を不利益に変更することはできない旨が定められています。
    しかし例外として、続く同法第10条では、「変更後の就業規則を労働者に周知させること」と「変更の合理性」という2つの要件を満たした場合には、変更後の就業規則に定めた条件が労働条件となることを規定しています。
    では、具体的にどのような条件を満たせば就業規則の変更による不利益変更が認められるのでしょうか。

    • 「変更後の就業規則を労働者に周知させること」
      就業規則の改定による不利益変更を行う際には、変更の合理性を満たした変更後の就業規則を従業員に周知させることが要件となります。労働者への周知とは、従業員が就業規則の内容を知ろうと思えば知ることができる状態に置くことを言います。
      例えば、変更後の就業規則が適用されるすべての従業員がアクセス可能なイントラネットに掲載し、かつ格納場所を周知することは認められますが、部長しか鍵を持っていない部長のデスクの引き出しに就業規則があることを周知したとしても、自由に閲覧できる状況にはないため、周知の要件を満たしません。

    • 「変更の合理性」
      労働契約法第10条では就業規則の変更が合理的と言えるかどうかの判断要素を下記のように定めています。
       
      • 労働者の受ける不利益の程度
        ここでいう「労働者の受ける不利益」とは、賃金の減少や手当の廃止、労働時間・勤務地・職種の変更などにより、各従業員が個別に被る不利益を指します。不利益の有無や程度は、従業員全体の平均ではなく、原則として一人ひとりについて具体的に判断されます。
      • 労働条件の変更の必要性
        労働条件の変更の必要性は、高度なものと軽微なものに分類されます。高度なものとは法改正などを指し、軽微なものとは業務内容変更に伴う見直しを指します。
        労働者の受ける不利益の程度が大きいほど、労働条件を変更する高度の必要性が要求されます。(大曲市農協事件)

      • 変更後の就業規則の内容の相当性
        法令や判例の動向、社会一般の状況などの事情を考慮したときに変更内容が社会通念上妥当といえるかを指します。
        例えば、賃金体系の見直しを行い、見直し後の給与水準が同業他社と比べ著しく低い場合には、就業規則の内容の相当性が認められない可能性があります。

      • 労働組合等との交渉の状況
        労働組合だけでなく、従業員の過半数代表者、従業員側の団体との交渉も含みます。
        交渉をしていたからといって必ずしも合理性があるとは判断されませんが、十分に協議していない場合には合理性を否定される可能性があります。交渉手段としては、経営状況等の情報公開や意見交換会や説明会などがあります。ちなみに、従業員の過半数代表者と交渉する際には、該当の過半数代表者の選出方法が適正であったかも考慮されます。

      • その他の就業規則の変更にかかる事情
        就業規則変更の合理性を判断する際に考慮される周辺事情を指します。
        例えば、変更に至るまでの検討のプロセスや慎重さ、不利益を緩和するための経過措置や段階的な変更などです。

  • 労働組合との労働協約の締結による不利益変更
    労働組合法第14条では、労働組合と使用者間で締結された労働協約は、①書面で作成され②両当事者の署名又は記名押印がされていれば効力を生じると規定されており、労働組合の組合員にのみ効力が及びます。
    ただし、就業規則の改定による不利益変更と同様に、労働者の不利益の程度や労働協約を締結するに至った経緯等を鑑み、合理的でない場合には、変更が認められない可能性があります。

定年延長や廃止は不利益変更か

今回は就業規則での定年延長や定年制の廃止を前提に、これらの変更が不利益変更にあたるかについて、就業規則変更の合理性の観点から検討します。

  • 労働者の受ける不利益の程度→定年の延長や定年制の廃止により、働く期間が長くなることで不利益になると考えられる場合もあります。しかし、定年はその企業で働くことのできる上限年齢を定めたものであり、必ず定年まで働かなければならないというわけではありません。
    そのため、労働者の選択の幅を広げるという観点からは、不利益の程度よりも利益が大きいと考えられます。
  • 労働条件の変更の必要性→高年齢者雇用安定法の改正により、70歳までの雇用確保が努力義務となっており、労働条件の変更の必要性があると判断できます。


  • 変更後の就業規則の内容の相当性→定年延長や定年制の廃止は高年齢者雇用安定法の要請による措置のため、変更には相当性があると考えられます。しかし、継続雇用制度の導入等も選択をすることが可能なため、どの措置を講じるかについては十分に検討することが必要です。

  • 労働組合等との交渉の状況→定年延長や廃止が高年齢者雇用安定法の要請である旨や十分に措置を検討したことなどの内容を含めた説明会や意見交換会、資料の配布等を行う必要があります。
  • その他の就業規則の変更にかかる事情→定年延長や廃止が自社の風土や事業内容に即しているかは重要なポイントです。身体的に負担がかかる事業内容で定年延長の措置を講じたが、退職金については自己都合と定年退職で支給額が違う場合などは紛争になりやすいため、注意しましょう。

基本的に、定年延長や定年制の廃止を行うこと自体は不利益変更に当たらないと考えられます。しかしながら、定年延長や定年制の廃止により、退職金の支給が遅くなる場合や、従来の定年年齢を超えた際に賃金が低下する場合には、不利益変更と判断される可能性があるため、十分な検討が必要です。

こんな時どうする?

Q1 現在、定年は65歳ですが70歳に延長を検討しています。65歳で支給していた退職金を70歳で支給に変更することは不利益変更に当たりますか?

定年を延長したのであれば、退職金の支給も遅らせるというのが筋に思えますが、65歳で退職金をもらうことを想定してライフプランを立てている従業員も多いでしょう。従業員や労働組合等と十分な協議を怠った場合には、不利益変更となる可能性があります。
退職金については、定年延長をした際に旧定年時(従来の定年年齢)に支給される予定だった退職金を一時金として支給した場合でも、退職控除を受けることが可能であるとの国税庁の通達があります。そのため、旧定年時に退職金を支給しても、税制面で従業員の不利益にはなりません。この点も踏まえたうえで検討を行いましょう。
また、定年延長と同時に退職金の支給時期を変更する場合でも、当面の間は旧定年時に一時金を受け取るか、実際の退職時に退職金を受け取るかを従業員が選択できるようにするなどの対応も検討しましょう。

Q2 定年を65歳から70歳に変更したところ、ベースアップなどの社会情勢もあり想定より人件費がかさんでいます。旧定年時の賃金総額と新定年時の賃金総額を同額にすることは可能ですか?

就業規則で変更することを前提に考えると、賃金などの従業員にとって重要な労働条件については、就業規則を変更する「高度の必要性」がなくてはいけません。
就業規則の変更による賃金減額が争われたみちのく銀行事件では、同業他社より定年年齢が高かったこと・経営効率を示す諸指標が全国の同業の中で買いを低迷していたこと・業界の競争が進展しつつあったことを考慮し、「高度の必要性」が認められました。ただし、就業規則の変更による賃金減額はその他の事情により認められませんでした。

また、ご質問と似たケースで第四銀行事件があります。
この事案では、定年を55歳から60歳に延長する代わりに給与等の減額したところ、55歳以後の年間賃金はこれまでの54歳時の6割台に低下し、従来の55歳からの3年間の賃金総額と、新定年制の下での55歳からの5年間の賃金総額と同程度となったため、不利益変更の効力が争われました。
この事例では、定年延長の高度の必要性があったこと・定年延長に伴う人件費の増大等を抑える経営上の必要から、従前の定年以降の賃金水準等を変更する必要性も高度なものであったこと・変更後の賃金水準が同業や社会一般の水準と比較して高かったこと等を鑑みて、「高度の必要性」が認められました。

ご質問のケースでは人件費の増大が経営状況悪化にまで発展している場合や、同業他社と比較し給与水準が高い場合には、就業規則変更の必要性が認められる可能性があります。


降給や降格などのわかりやすい不利益が生じる場合には、原理原則に沿って対処できますが、
私服OR制服着用から制服着用が義務(女性はスカートのみ)になった場合など
不利益と感じるか従業員一人一人によって異なるケースもあります。
アイプラスでは、そのような微妙なケースについても、
法律や判例などの原理原則から考えた、現実的な回答を提供しています。
法的根拠に基づき、次のアクションにつながる具体性と経営視点を兼ね備えた労働相談なら、
アイプラスにお任せください。


社労士の労働相談

従業員の採用から、入社・配置・育成・退職まで、1人ひとりの労務管理と
会社全体の就業環境や評価体制の整備まで

労働関係法令を根拠に、判断軸やトラブル時の対応方法をアドバイスします。

 


 採 用

□ 採用選考時の留意点
□ 採用内定者フォロー
□ 労働条件の決定方法
□ 労働条件の明示内容
□ 雇用契約の締結


 配置・育成

□ 勤怠管理の方法
□ 管理職の指導問題
□ 配転など人事発令
□ 昇給・昇格・降格
□ 懲戒処分の方法と流れ


 退 職

□ 従業員からの退職希望
□ 会社からの退職の要請
□ 競業避止義務の有効性
□ トラブルにならない解雇


 企業内規定の整備

□ 就業規則・諸規定の整備
□ 規則等の法規制対応診断

 


 組織再編の支援

□ IPO準備のための労務監査
□ 人事制度・労働条件の統一
□ 労働条件不利益変更の解決


 労務監査

□ 労働関係法令違反の調査
□ 労務状況改善・定期監査

 

従業員の採用から退職まで、日々の人事労務管理上の悩みや問題点から、人材育成や評価、人員配置等の人事管理の方法や課題、起こってしまった労働トラブルの対応方法など、人に関わる事柄について多岐に渡り相談できるのが、「社労士の労働相談」です。
従業員の勤怠管理や給与計算、社会保険や安全衛生等、日々の労務管理業務に加えて、人材育成や評価、人員配置等の人事管理業務を行うにあたり、判断に迷う時、トラブルに繋がってしまった時、法的根拠を基にしたアドバイスができるのが、労働関係法令の専門家である社労士になります。

「どんな相談ができるのか、詳しく知りたい」「費用はどれくらいか知りたい」など、気になる方は、「ご相談フォーム」より、お気軽にお問合せください。

iplus

「人・組織のコンサルティング会社」

社会保険労務士法人アイプラス

1.人事制度の設計
2.労務研修の企画と実施
3.労務管理・労務トラブルの相談

3つの人事コンサルティングサービスを軸として、人事労務に関する課題の解決をサポートしている会社です。

ご相談フォーム